眠れる森のフランス語胡桃

こんにちは。眠れる森のフランス語を運営している胡桃です。

神奈川県出身、ずっと神奈川で暮らしていました。

現在はフランスの端っこ、ドーバー海峡に面したノルマンディのリゾート地に、仏人夫と猫2匹と暮らしています。

日常の移動は、今はもっぱら電動アシスト自転車。元々は無類の車好きだけど、私の街は軽井沢に由比ヶ浜(神奈川県鎌倉市湘南海岸)があるようなもの!バカンス客と過ごす混雑した日常はなかなかに大変です。

マクロン政権が自転車利用を推奨していることもあり、駐車場にもガソリンにも悩まない身軽な暮らしを楽しんでいます。

バレエをこよなく愛しています。どのくらい愛しているかというと、主だったグランド・バレエの全曲をヽ(*´Θ`)丿ラララ〜♪と歌えるくらい。

(* ゚ω゚ *)

かつてのプルーストがバレエ・リュッスのアツイ時代を生きたように、私も20世紀から21世紀の、世界のバレエの黄金時代に生きる幸せに預かりました。

子どもの頃からフランス語に親しみを覚えたのも、バレエへの憧れからです。実際に習っていたこともありますので動詞にも馴染みがあり、バレエ関連の読み物の単語を調べるのは何も苦になりません。

自分の「好き」がフランス語学習に繋がり、もうひと頑張りしようと、フランスの子どもの勉強に取り組んだり、夢中になれることは何ものにも変えがたいエネルギーが湧きます。

自己紹介に変えて、私がフランスに暮らす「運命」について、お話ししたいと思います。

パリオペラ座
オペラガルニエ宮の客席から、シャガールの'夢の花束''

バレエ漫画「SWAN」で小さいときからのバレエへの思慕にますます火がつき、海外のオペラハウスでバレエを観るという夢が膨らみ、いよいよパリ・オペラ座で、パリ・オペラ座のダンサーが踊る「ラ・シルフィード」を観るために成田からパリ行きの飛行機に乗りました。

2004年のことで、この公演にはNHKもガルニエ宮に収録に来ており、DVDや動画でも全幕を観ることが出来ます。シルフィードは高雅なオーレリ・デュポン、ジェームズは水も滴るようなマチュー・ガニオ。

私の出発は7月、日本は例年よりかなり早い梅雨明け。フランスではソルドが始まる頃。4時に起きて犬の散歩を済ませ、家族に留守を頼み、早朝に駅に向かう7分くらいの間に汗をびっしょりかくほどの猛暑日。

マイルが貯まってビジネスでフライト。雲の上で、飛行機に乗っている事実を噛みしめるようにシャンパングラスに「乾杯」と呟いたら涙が込み上げてきました。

パリ行きの機内で運命の出会い

パリひとり旅

このとき乗った機材には、機内にバーカウンターがありました。

私はストレッチをかねてバーに行き、飲み物をいただくと、先に来ていた日本人カップルの男性から声をかけられました。

第一印象は「なんか馴れ馴れしいおじさんだな」程度でした。(おじさんといっても、私より年上だろうということだけです。失礼しました)

パリのことなどを少し話をするうちに、

胡桃

あなた、シングルでしょ?

などと聞いてきます。私は

胡桃

いえいえ、大きい子どもがいますよ

なんてお定まりの?やり取りをするうちに、彼は私のパリでの予定を聞いてきます。

私は

え。なんでさ。ひとり旅、色々聞かれるのはヤだわ

と思いましたが、彼があまりに明るく積極的に話しかけてくるので、オペラ座でバレエを観ることが最大の目的であること、パリは2度目であることなどを話しました。

彼の方はといえば、私よりけっこう先輩、お連れの美人の彼女は多分私より若そうで、パリやフランス旅行にはとても慣れている様子。

お二人のことを特に何を尋ねたのでもないのに、彼はお酒を飲みながら

胡桃

男は女に怒られながら成長するんだ

そしてお連れの彼女の方に目をやって

胡桃

これなんか・・・もう・・・すごいんだから・・・

そうか。こんな美人で若い彼女によく叱られていて
それを受け入れている器の持ち主なのね。

笑いながらカラカラと屈託なく話す彼の様子に、私もすっかり心が解けてきました。

映画「男と女」の舞台の街を知ってる?

フランス・ドーヴル
映画「男と女」で一躍有名になったドーヴィルの浜辺。後ろは映画俳優たちのプライベートキャビン

胡桃

パリには何泊?

胡桃

3泊してその後ウイーンに向かいます。お二人は?

私はきっとパリに長く滞在されるんだろうなと思って聞いてみたところ

胡桃

パリに2泊してそのあと海の方へ行くんですよ

フランスといえばパリしか知らない私は「海」と聞いてキョトンとしていると

胡桃

ドーヴィルっていう街へ行くんです。映画「男と女」の舞台になった、すってきな街に

私は「男と女」も見たことがなかったし、パリでバレエを観ることで頭もいっぱい。

でも彼は

胡桃

日程が合えばあなたを連れて行きたいなあ。あなたによく似合うシックな街ですよ。行きなさい。絶対行きなさい。

とまでおっしゃるではないか。

胡桃

今回はバレエのチケットも2夜取ってあって移動はムリな旅程ですけど、その街の行き方をぜひ教えていただけませんか?

フランス・ドーヴィル

私は手帳を取り出し、彼の説明をメモし始めました。

ドーヴィルにはパリから日帰りも出来ること、

ドーヴィルから足をのばすと音楽家サティの生家があるオンフールという街も近いことなどを書き留めながら

私に似合う街って?? 
いつか必ず行こう。それまでどんな街かを調べずに、予備知識なしで楽しみに行こう

と心に決めました。彼はお連れの彼女の方を向いて、ドーヴィルの行きつけのブラッスリーのことらしい名前を口にしていました。

機内のバーから座席に戻り、しばらくすると彼女が私の席にやってきて、「明日、よかったら画廊を案内したいから、サン=ジェルマンデプレ教会の前で待ち合わせませんか?」ということで、私は快諾して、彼のお名前はK沢さんとおっしゃり、お二人とはCDGのタクシー乗り場で別れました。

土砂降りのパリで再会ならず

パリひとり旅

パリは2度目だけれど、大雨の朝、サン=ジェルマンデプレ前での待ち合わせには土地勘のない私が遅れてしまって、会うことが出来ませんでした。

互いに海外で携帯など持っていない当時のことでしたが、パリでのせっかくの約束、今でもとても残念に思います。

ついにドーヴィルへ

フランスひとり旅

それから2年後の9月、ウイーンで住居を契約した私はウイーンからドーヴィルへ行くことにしました。

パリから列車で2時間。オーストリアで列車の旅に慣れていた私はK沢さんに教えていただいたメモを見ながらフランスのSNCFの旅もとてもスムーズに運びました。

車窓からはどこまでも広がる緑の大地。草を食む動物たち。のどかなノルマンディの風景にすっかり魅了されました。

終着駅に降り立てばカモメが賑やかに歌い、初めて見るフランスの海。

・・・こんなに素晴らしい街がフランスにあるんだわ。海外に部屋を持つなら、ウイーンではなく海のあるこんな街にすべきだったかな?

そうは言っても、パリは空港から街中への移動は不便極まりなく、ドーヴィルへはさらに鉄道でしたから、この街に住んでみようなんて現実的にはとてもとても考えられませんでしたが。

パリを通過してドーヴィルへ行くように

フランスひとり旅
映画「男と女」の舞台になったオテル・ノルマンディ

初めて訪れたドーヴィルをすっかり気に入って、その後も年に1度、特に人気の少ない1月頃に行くようになりました。映画「男と女」の世界そのものの真冬のドーヴィル。

その風景が恋しくて「男と女」のDVDを繰り返し見る日々でした。

パリはバレエを観るか、ノルマンディに行く列車に乗るのために1泊するだけとなり、パリが呼んでる〜ような気がしていた(笑)かつてのウキウキ感は消え去ったのでありました。

日本を離れて旅先の住人になるという選択

フランス・ノルマンディ
いつも雨のノルマンディを風刺したお土産グッズ。しかし配色の美しいこと!

まさかこの街で、日本での長い年月の全てを置き去りにして旅先で暮らすなんて。

私がこれからの生活の場を選ぼうかというときの決定打はひとつ。

・・・もし今動かなかったら・・・先々どんなにか後悔するだろう。あの時決断していれば・・・って

私の気持ちは決まっていましたが、2人の男性カウンセラーに相談しました。

カウンセラーAさん:「・・・いやぁ・・・これで(フランスに)行かなかったら、この先どんなにか後悔するだろうなぁ・・・」

カウンセラーBさん:「先を心配するより、今の気持ちを大事にした方がいい。良くも悪くも明日は何が起きるかわからないから」

頃は東日本大震災の後、Bさんはご実家が仙台。私の中でも、震災を機に岐路が見え始めていました。

フランスで学ぶフランス語

フランス・ノルマンディ

フランスに暮らし始めた頃、私が初めてフランス語と関わってから、年数だけは十数年経っていました。その間、パリにドーヴィルにと足繁く通っていたのでフランス語を使う機会はそこそこありましたが、自主的な勉強は旅行のためのものでした。

また、フランス語より先にドイツ語に魅入られた流れもあり、フランス語は何となくドイツ語のおまけのようなポジションでした。

いよいよフランスの移民になり、フランス語は生活のために必要になったのですが、語学学習は思わぬ展開になります。

フランスで日本語を教えるのは超絶シンドイ?

日本語を教える
私の手製の日本語テキスト

私のフランス語の先生は、言葉の世界に生きる人、日本語を熱心に学ぶグレートな生徒でもあります。フランスに住んでも、日本語を教えることだけはやめておこうと思っていましたが、ついに引き受けることに。

言語は母国語であっても、教えるという「技」なしでは人に伝えることはとても難しいです。私の場合は特に、日常的に日本語を話す機会がないこと、徐々にフランス語脳に変わってきていることで、日本語は出来れば目に入れたくない、日本語の文法は考える余裕がない状況でした。

「技」もフランス語も十分でないため、相手を納得させることが出来ずにひとり涙した日もありました。

日本語を教えることはフランス語の上達に役立つか

胡桃

そうとも言えるし、そうとは言えないです。日本語教師の専門家ではないので当然ですが、私の力不足で言葉の切れ目がご縁の切れ目になるかも?と思うくらい、ツライ修行期間を強いられますからね。

今ではうまく教えられなかった、先方の質問責めに倒れそうだった記憶も遠ざかって、先方も日本語に慣れて目を見張るほど上達、私も教えるフランス語に慣れて、何を伝えればいいかを冷静に考えられることが出来るようになりました。

胡桃

簡単なことなどこの世に何ひとつありませんが、日本語教師に慣れるためにも数年単位での修行が必要だと思いました。

リラ子

あ〜フランス語の勉強してる場合じゃなくなりかねないわね。日本語、私はパスだな。

フランス語を学ぶとは、フランス語の経験値を積むことだと思う

文法などの基本は覚えて行く必要がありますが、基本を勉強するちょっとキツイ時期でも、知ってる限りの言葉を駆使したり、辞書を引いたりを繰り返して、失敗を恐れずにアウトプットすることがとても大事だと思います。

日本人にはやはり、根強い?恥ずかしさが勉強にもあるかと思います。でも、何かを前進させるにはソンな気風かな。

私は先生と1対1で教え合っていますが、双方に恥ずかしさもなければ、同じことを繰り返し教える大切さもよくわかっています。私がこちらで少しずつでも前進出来ているのも、決してフランスに住んでいるからではありません。

このサイトで紹介している勉強法のこと

大人になってからの勉強は時間とのせめぎ合いですよね。私もフランスに来た頃より、仕事が忙しくなった今は、やはり勉強の時間は削らざるを得ません。それでも、自分の勉強のスタイルといいますか、方法があると、完全に勉強が途切れることもなく、怒涛のように忙しい時でも文字通り細々と勉強を続けられます。

語学の勉強法がわからないと、勉強を続けるのも難しい

このテキス語学の成否は、毎日のやること=ルーティンを続けることだと思います。けれどもその前に、ただのがむしゃらではなく、自分に合っていて、しかも身に付く実感がある勉強の仕方を見つけないと、続けることも難しいでしょう。

私のサイトが勉強のスタイルを見つけるヒントになれば幸いです。

胡桃のフランス語のレベル

フランスひとり旅

2017年にフランスでDELF B1に合格しました。フランスに来た頃はA2、このサイトが始まったのが2016年10月で、ご紹介しているようなフランス語学習の日々を経ての結果です。

仏検に関しては、日本で習っていたスクールのネイティブ教師に「仏検は受けても本当にしょーがない。血の通ったフランス語ではないから」と言われてから、あまり関心がありません。もちろん、どんなことにも学びはありますから、有意義なのだろうと思います。ただ、フランス語を日本語で勉強して、フランス語をフランス語で勉強しないのか?という問題は感じます。

おわりに

私は仏文科という場所を知りません。語学学習も、かなりの大人になってからです。10代の頃からサガンをはじめ、数々のフランス文学を読みましたが、太宰治が確か、「作家というものはフランス文学に造詣が深かったりするのが常だが、自分はどうも、フランス文学よりロシア文学の方に惹かれる」というようなことを記しておられて、私もどちらかといえばそんな口です。

愛読書は〈源氏物語〉と〈エフゲニー・オネーギン〉。

その人を知るには3冊の本があればいい、と旅先で聞きましたが、3冊目は〈星の王子さま〉上げたいと思います。

いずれにせよ、大人になってからの語学学習のエネルギーのベースはやはり文学の幸です。

沸き上がる意欲と興味が向くままにドイツ語とフランス語を同時にスタート、旅の間に知り得た現地の風、現地の方々のご好意、特に、私を送り出してくれた日本の家族に感謝の気持ちでいっぱいです。

眠れる森のフランス語胡桃
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

眠れる森のフランス語をどうぞよろしくお願いいたします。

Merci et à bientôt !
Facebook いいね !
Twitterをフォロー