バージョン 3

 

フランス語をモリモリ独学中!胡桃のプロフィール

 

数あるサイトの中からこのサイトを見つけていただき、誠にありがとうございます。

私、若い時に語学学習をしたこともないし、ワーホリや留学経験はゼロ。

なのにかなりの大人になってから語学にスイッチが入ってしまって、
勉強法を工夫しながら暗記すら楽しんでやっています。

このサイトは私のように、大人になってからフランス語を習い始める人や、

バレエや芸術のつながりでフランス語にオンした、
たった一人の人に役立つことがあれば、との思いで書いています。

フランスの専門家さんや、フランス語をすでに十分に習得していらっしゃる
優秀な方々にはスルーをお願いしたい次第でございます。

私は神奈川県出身、無類のバレエ好き、車好き。現在は、フランスの端っこの
海辺の街にフランス人の夫と猫2匹と住んでいます。

フランスのド・カントリーという土地柄、日本人と会うこともなく、
WEBでの仕事をしながら旅の続きのような気持ちで暮らしています。
上の写真のような風景がよく見られる、素敵なリゾート地です。

子どもが大きくなってからヨーロッパへの扉とフランス語の扉が開く日が
来るなんて、そしてまさか、海外で暮らすなんて、未だに夢を見ているんじゃないだろうか?
と思うこともあります。

 

目ヂカラが頼りなくなった年齢での毎日の勉強も工夫次第!(^_^;

むしろ、これまでの私たちの多くの人生経験が、記憶や習得の大きな助けになります。

勉強に専念できる学生ではないからこそ、例えば単語の暗記一つとっても工夫、
すなわち”戦略” を知っているのと知らないのでは、”成果” が大きく違ってくるわけです。

  私たちの人生は、何でできているでしょうか?

それでは、私のことをお話ししながら人生の正体の答えが潜んでいますので、
興味がありましたら読んでいただけましたら嬉しく思います。

ヨーロッパは私にとっては雲の上だった

子どもの頃からクラシック音楽とバレエに、ものすごく惹かれていました。

子どもながらにバレエが存在することが衝撃であり、また、懐かしい友のように
感じたものです。

バレエもピアノも習えるような家庭ではなかったものの、その分、片思いは募るばかりで
大人の世界に憧れていました(#^.^#) 

バレエ公演のテレビ番組など年に1、2回ほどしかなかった情報が少なかった時代でした。

 

その番組で見る劇場の客席に、どうしたら座ることができるんだろう?と、公演を一人で
観に行くことを夢見ていたその頃、森下洋子さんの活躍やバレエ漫画「SWAN」が登場します。

中学生になった私もチケットを予約して学校をサボってバレエを観に行くようになりました。

バレエダンサーの名前や作品名をフランス語の綴りで見る機会も増えて、パリ・オペラ座の
ダンサーだったら「フランス語ではこう綴ったらこう読むのらしい」とか「語末の子音字(
こんな文法用語は知る術もありませんでしたが)は読まないんだな」と乾いた砂に水が染み
込むようで、こんなちょっとした発見に感動したり。

キラ星のようなダンサーたちが私と時を同じくして生まれ←ただの偶然、でも嬉しい^^

世界のバレエ界は奇跡のような「バレエの黄金時代」を迎えます。

 

http://nemurerumorifrancego.com/profile

世界バレエフェステイバル 東京文化会館

東京は世界中のバレエ団による来日公演ラッシュ、私は夢中で公演に足を運び、子どもと
一緒にバレエを習い始めました。

でも「ヨーロッパの歌劇場」へ出かける海外旅行なんてことは、学齢期の子どもがいる主婦
の私には他人事でした。

ヨーロッパ行きへ運命の再会

 

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小学生の息子を塾へ通わせ、仕事もある主婦として当たり前にものすごく忙しかったある日、
バレエ教室の入り口で私の名前に◯をつけてると、背後から強烈な視線を感じて一瞬フリーズ。

U子
!もしかして、胡桃ちゃん?

胡桃
・・・?!!U子さん?

 小中学校時代の同級生U子とバッタリ再会。実に20年ぶり、本当にびっくりしました。

U子は子どもの時からバレエを習っていて学校では優等生で、私には遠い存在でしたが、
大人になってからの興味は私と共通するものがありました。

彼女は英語もペラっペラだろうと想像できるし、主婦の私からすれば身軽な独身、度々
海外のオペラハウスへ出かけているU子は別世界の住人。

忙しい普通の主婦である私には、U子の海外での話はあまりに世界が違いすぎて、自慢話
にしか聞こえませんでした←ヒガミかっ( ̄^ ̄ ;) 

ところが!です。話を聞いているうちに、だんだんU子のパワーに圧倒され、すっかり感化
されてしまったんですね・・・

彼女の子供の頃からの夢を叶えに現地へ飛んだU子の、興奮冷めやらぬ話ぶりに圧倒された感じでした。

 

彼女は私の、主婦の日常的な愚痴っぽい話を一蹴するように

U子
ストレス溜めてたってしょうがないよ! 世界は広いよ!
胡桃
そうかもしれないが、知らんがな、今の私にゃ関係ないし・・

やっとU子と行こうと決心したのに。

 

それで、親友のRに経緯を話したら「U子には最初から誠意がないんだよ、一人で行きなよ。
さもないと、一生U子に従わなきゃならないよ」

 

Rの言葉は真剣そのもの、私の胸のうちの全てを言葉にしてくれていました。

そしてこの時の一歩が、その後の人生を彩り、大きく変えていくことになろうとは思いもよりませんでした。

主婦の初めての旅支度、スーツケースに水まで詰めて?

 

バージョン 2

 

 

さあ、初めての海外一人旅、成田空港へ着いてチェックインした時に初めて、預け入れ荷物に
重量制限があることを知ります (´゜д゜`) 

エコノミーでのフライトにも関わらず、私のスーツケースは二個。しめて28キロ。

なぜそんなに重くなったかというと、現地に着いてから水の心配をしなくていいように、
新調したワインレッドのスーツケースに、1.5Lのペットボトルを2本入も入れたんだもの。。

これ以上ないほどの、海外旅行初心者です .*:゚o(*>∇<*)o.

それで、重量オーバーの金額を払い(当時、1kgにつき約1万円、2キロはサービスでした
ので約6万円)、飛ぶ前からイタい出費を抱えてしまいました。。

でもウイーンに到着してみれば、ウイーンの水はEU一きれいなアルプスの雪解け水、水道水の
美味しさに驚きました。

言葉は、旅行英会話の本をちょっと読んだ程度でした。

ガイドブックだって、出発前は読む時間もなく、機内で隣り合わせた方が、たまたまウイーンに
帰る方で、私が止まるホテルのロケーションや街のことについて色々と教えていただきました。

私はスンデのところで救われてるかも。。

なぜガイドブックも読まずに出発したかって、そりゃあ、学齢期の子どもがいる主婦でしたから、
5泊7日分の食事の作り置きが最優先でしたからね。

でも、送り出してくれた家族のおかげでよいウイーン滞在となり、帰国後は出発前とは別人のように生き生きとして「また来年の冬に必ず行こう。まずは英語を勉強しなきゃ」。と決意しました。

あ、出国時に重量も個数もオーバーだったスーツケース、帰国便に乗る時はどうだったかって?

ウイーンの空港では何もお咎めなく、二個&30キロ近いスーツケースを乗せていただきましたww

帰国後、旅の興奮冷めやらぬうちに英会話スクールに飛び込みました。

当時駅前留学を歌っていた、家からも近いスクールでしたが学校選びは失敗、全国展開していた
その学校は間もなく傾き、そのニュースは大きく報道されました。

 

フランス語、バレエの国の美しい言葉。

上記の英会話スクールがよくなかったことに加えて、私は英語そのものに興味が持てないな、
と気がつきました。

もちろん、英語ができれば世界中どこへ行っても通用するでしょう。

でも私は、こよなく愛するバレエの国の美しい言葉 フランス語を習おう と思い立ったのです。

フランス語は第2の公用語だし、英会話ができなくたって現地の言葉を覚えればいいじゃん? 
なんて、意欲満々でした。

オーストリアはドイツ語の国ですが、もちろん英語で事足ります。

でも、この時の私は、フランスへ行ったらフランス語で、オーストリアに行ったらドイツ語で
話せるようになりたい、と2ヶ国語の同時進行をヤル気!でいたんです(○Д○ノ)

 

 

1度の海外旅行で語学にスイッチがオンして、心は次の旅への楽しみでいっぱい。

旅ほど人生が活気づくものはないだろうと思います。

フランス語をネイティヴの先生に習い始める

 

横浜に小さなフランス語の教室を見つけ、善は急げとばかりにすぐに通い始めました。

初めてのレッスンの日、そりゃあもう、緊張しましたよ。何せフランス人と個人レッスンですからね。

教室へ向かうエレベーターに、若いフランス人らしき男性が乗ってきました。

私は勇気を出して日本語で「フランス語の先生ですか?」と尋ねると、「そうですよ」と日本語でかえってきました。

これが私と最初のフランス語の先生との出会いでした。

 

テッ、テキストに日本語が書いてない!

フランス語のテキストを使って、いよいよレッスンが始まりました。

最初に教わったことは、「こう書いたらこう読む」だけで、ボンジュールと、まずは私の
自己紹介の仕方を教わりました。

これだけでもかなり疲れたものです。

何しろ、私はこの教室へ来る前に、フランス語の勉強はゼロ。

普通の人ならまずは本を買って、ある程度の予備知識を備えて教室に行くと思うのですが、
私はそれすらもしていなくて、本当にまっさらの状態で生きたフランス語をインプットし始めたわけです。

だから、最初はかつて見たことのない綴りと発音に翻弄され、1時間のレッスンが終わるたびにグッタリ。。。

でも、3度目のレッスンで、ほんの数行のフランス語を理解できた日、嬉しくて興奮して、夜眠れなかったんですよww

この頃はやはり毎日の忙しさに追われていて、語学習得の方法を知らなかったこともあり、
家で復習が行き届かないうちに次のレッスンが来る、という勿体ない状態でした。

宿題が出ても、家に着いた頃には「何をやればいいのか」フランス語の設問の意味がわからなくなって
いたりとか(笑)

そして動詞の活用が始まり、いかにもフランスっぽい(当たり前だがな・・)シチュエーションの
勉強が進むある日、フランス語を初めて3ヶ月経った頃、家の近くにドイツ語の先生を見つけました。
都内の大学で教えているネイティヴの女性の先生です。

2ヶ国語を同時に勉強しても、両方が中途半端になるんじゃないか?とも思いましたけど、
どちらの言葉も覚えたいという好奇心を抑えることなど到底出来なくて、語学漬けとなったことも
嬉しくて、ちょっとフランス語、ちょっとドイツ語 という日がずっと続くことになりました。

毎日旅しているような気分です🎵

この頃に、今のように勉強法を知っていたらなあ、とつくづく思います。

まあ、でも、主婦にとっては家庭のこと、子どものこと、飼い犬の用事が先、当時は仕方なかったな、
と思います。

フランス語を少し持って、いよいよ初めてのパリへ

 

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フランス語のテキストで、カフェで注文するシーンやソルドで買い物をするシーン、
道を尋ねる練習、と進み、フランス語を半年勉強した私はいよいよパリへ足を伸ばしてみることにします。

ここで旅行会話の本を買った時、私は初めてフランス語のカタカナルビを目に・・!そして、

カタカナで読んで覚える習慣が全くついていないことに自分でも驚きました

もちろん、フランス語経験はカタツムリのごとくの6ヶ月、旅行会話をするためには
ボキャブラリーが足りなさすぎますから、カタカナの助けに頼らざるありません。

でも、自分の中でフランス語の音と綴りがメインなのか、まずカタカナありきか、では、
断然、前者の方がアクティブだと思います

初めてのパリで私が心がけたこと

とにかく人に話しかけました。例えば、このバスはオペラ座行きとわかっても、尋ねてみたり
確認したりするのです (゚Д゚;)

そして、ちゃんとした文章で言えるわけないので切れ切れの単語だけであっても、カタカナ読み
ではなく、Rの発音を入れてオペラ、言うこと、私が喋れば必ず何かしらの言葉が返ってきますから、
その意味はわからないけれど、フランス語の会話の機会を自分からつくること。

カフェやレストランへは、最初の夜に行った店を気に入ったので、次の日も行きます。

いろんな店でいろんなものを食べたい、という気持ちがさほどないこともありますが、2度目からは
「顔見知り」として出かけることを自分に課します。

当然「Bonjour! çava?」と、フランス語の先生以外の人から挨拶されるわけです。

で、勉強した通りに(゚∀゚∩)挨拶を返し、お店にいる間中、ギャルソンが何かと話しかけてきます。

何を言っているのかは私の想像とは違うかもしれないけれど、そこは観光客として目をつぶっていただいて
美味しかったことをきちんと言うようにしました。

フランス語の学習法を知らず、無念の挫折。

 

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その後、先生が帰国してしまってスクールを変わったり、年に3度くらい強引に渡欧して
いましたから、落ち着いてコツコツ勉強するというより、実践?の方が比重が大きい日々ではありました。

でも、帰国すれば主婦として忙しい日々、新しいスクールに向かう電車の中で、「夫が帰って
くる前に夕食の支度を済ませないと、今夜は何にしよう・・・夫の機嫌はどうだろうか・・・
その前に、犬の散歩だ・・・」という状態にモヤモヤと支配され、フランス語のことなんて、
これっぽっちも考えていないような日が続いていました。

なぜかというと、忙しすぎたんです。単にね(*´Д`*) 〜з

家事、仕事、子ども、夫、半身不随のラブラドール犬、黒ねこ、の日常に、

私の好き勝手だけれど、バレエのレッスン、渡欧、語学でしたから、夫にツノが生えても誰が責められましょう ( ̄ー ̄(_ _( ̄ー ̄(_ _ )ソウソウ

スクールではとうとう、先生に「もう少し家でやってこないと」と言われる有様。

私としてはスクールが自宅から1時間半以上かかっていたこともあり、通うだけでも精一杯
「勉強を続けている」ことで、フランス語を進歩せずとも忘れないように、と思っていたのですが、
まあ、キツイところを突かれましたね。

返す言葉もなく、やるせなくて、やっとのことで涙をこらえました。

主婦が勉強できない言い訳なんて、誰が聞いてくれましょう・・・。

で、私も、その通りだわ、と観念して、ひとまずスクールを辞めることにしました。

先生にしてみたら、私をステップアップさせたかっただけ。

そんなこと私がよくわかってる。でも、どうすることもできずにいる。

後で友達にこの経緯を話すと、「忙しい主婦がスクールに通ってるだけだって大変なこと、
それだけは言われたくないわね」と慰められましたが、当時はネットの学習サイトなどもなかった
ですし、フランス語の学校は多くありません。

やはり、「続けられる、無理のない勉強法」という戦略を立てることを知らなかったことが
私の大きな失敗でした。

 

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旅の前2週間くらいは留守にするための食事の作り置きや犬を預けたりすることなどなどの
準備でてんてこ舞い、最も勉強できない2週間となります。

ウイーンでは念願の住まいを借りたため、ドイツ語は多少進歩があったものの、フランス語は
どんどん忘れていきます。

それでパリへ行くも、私のフランス語は毎回同じレベルじゃないか、と、落ち込みました。

パリのアパルトマンに滞在したり、パリから鉄道で小旅行に出かけたり、行動半径は広がるもの
旅行会話以外はさっぱりの状態。帰国すれば時差ぼけで2週間はヘロヘロ。

このままじゃいけない。

なんとかフランス語を身につけたい、と決意を新たに、やめたスクールへ戻り、別の先生に習い始めました。

気分も一新、また勉強の意欲が湧いてきました。

忘れていることやあやふやなこと、なおざりにしてきた動詞の活用も1からやり直そうと決意しました。

スクールを一度やめた日から2年経っていて、日常の忙しさも以前より落ち着き、
私もヨーロッパを行き来するようになり、言葉を覚えていくうちに、私自身の物事の考え方も
確実に変わってきたなと実感した頃でした。

自分の人生に気づき始めたのです。

バージョン 2

日本の主婦の多くは、自分のことは後回し、が普通だと思います。

家事&仕事プラス子どものこと夫のこと、夫の両親、実家のこと。本当に気が休まる時がありません。

私はそんな合間を縫って渡欧できて十分気ままじゃないですか、と言いたくなりますよね? 

でも、自分から行動を起こさなければ、どんなチャンスがあっても、それに気がついてチャンス
を掴まなければ、何も始まりません。

 

自分の人生は自分のために、自分で存分に生きなければ。

DELF A1とA2を同時に受験するって、この私が?

私は再びフランス語のスタートラインに立ち、動詞の活用も猛暑の夜にねじりハチマキ状態で
来る日も来る日も頑張りました。

そうするうちに、ふと、「検定」という2文字が頭に浮かびました。

今までは〇〇検定なんて、と鼻白んでいた方なのですが、私、かなり長い間基礎を勉強してる
じゃない、と気がついたんです。

それで早速フランス語の先生に、「検定を受けてみようかと思うんですけど、どんなもんでしょう?」
と相談ししたところ

先生は日本の「仏検」ではなく、実用的なフランス語の運用能力をテストされる「DELF」の受験を
薦めてくれました。

聞けばDELFはフランスの文部省の公式のテストで、そのディプロムはフランス政府公認ということで
とても価値がある試験とのこと、私はすぐに受験の申し込みをしました。

まずは初級のA1から受験ということで、問題集を広げてみると、

そんなに難しくないかも。

と感じました。さらに、「おっ。。もしかしたらA2もいけるかも、いや、絶対行くぞ、そうだ、
先生に内緒で両方受けてビックリさせよう・・・( ̄ー+ ̄) と決意したのです。

すぐにA2の問題集を買い、A2は独学で受験しました。もし先生にA2も受けたいと言ったら、
きっと止められると思ったんです。

受験の準備期間は3か月、生活の目標が受験日1日に集中して、いい緊張感が続いて、
忘れられない3か月でした。

受験を会場の日仏学院で申し込んだ時、
「1日で両方を受けるのはすごく大変ですけど頑張ってください!」と言われ、初級では
両方を1日で受験する人がいることを知り、何が何でもやったるわ!と燃えました。

試験当日は、朝からまずA1を済ませて30分くらいおいてA2を受けます。

午後、A1の口頭試験(試験官と一対一)があり、次いでA2の口頭試験があります。

 

読解のテキストの字が小さい!問題が見えない大ピンチ

A1の筆記試験が終わり、さあもうひと頑張り、勝負はここからだ、

とA2の筆記試験が始まりました。A2に比べて合ってるかどうかわからないことが多いなと
感じましたが、一つ一つこなしている手応えがありました。が、読解の問題で、

「文章の文字が小さくて見えないじゃん。。。」見ようとして目を近づけるほどに文字が霞んでいきます。

慌てましたよ、本当に (゚Д゚;)

「ろ、ろ、老眼なんかで今までの頑張りが水の泡と消えるわけ??」

私は普段は近視ですが、40代半ばでしたから老眼も始まっています。

一呼吸おいて、「そうだ、用紙から目を遠ざければいいんでない?」と米粒のような文章から目を
遠ざけてみます(爆)

するとその文章は
保育園のお迎えの時間についての張り紙であることがわかりww
「よっしゃ〜!!」と叫びそうなのをこらえて全速力で回答をしていきました(@°▽°@)

 

A1とA2の両方の口頭試験を終えて外に出て時計を見ると14時30分。

朝7時に家を出てお昼はカロリーメイトを食べただけ。

空腹感より達成感と脱力感が襲ってきました。そのまま山下公園方面へフラフラと歩き、
イタリアンレストランで遅いランチを取りました。

 

合格の通知に涙。

 

試験日から2ヶ月が過ぎた頃、試験結果の通知がポストに。

私はその封書を持って、車に乗り込み、なぜかロックもして封を開けました。

A1と、自力で受けたA2 両方とも合格です。

日本では「検定なんかとってどうすんですか?」って聞かれること多いんですよ。 
なぜでしょうね、人が頑張るのがヘン?なんでしょうか。日本に妙な検定が溢れているからでしょうか。

でも、初級ながらもDELFを受験するところまで来ただけだって本当に大変なこと、
それに、こうして「ディプロム」を公表できるようになると、人生の中での「選択肢」も
間違いなく増えていきます。

例えば、仕事を探すとき。今までは考えられなかった「語学を活かせる仕事」にも目に行く
ようになるんですね。

フランス語で仕事ができるかどうかではなくて、努力をしたという証、基礎があるということは
年齢を気にすることもなく、こんなに自信につながるんだな、とつくづく思いました。

そして私は自分のこれからの人生を真剣に考え始めました。

語学学習経験ゼロだった普通の忙しいだけの主婦が小さな成功を積み重ねるうちに
今までは絶対に不可能だと信じて疑わなかった人生の問題も、
「もしかしたら、なんとかなるかも」に変わっていたんです。

流れを天に任せるのではなくて、自分の力で運命のハンドルを握り返すような力が湧いてきました。

それで、時は流れ流れて、家族とも日本とも離れる決心をして、フランスで暮らしています。

フランスに住んでいたら、フランス語は上達するか?

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この街に住み始めたものの、フランス語の習得には焦りました。

「一体、どうしたら、身につくのか? 発音は?」

話し相手は差し当たって夫だけでしたが、思うように話せなくて本当に辛かったです(´;ω;`) 

そして夫の話すことも、なぜだか聞き取れない。

これは私がフランスのサイトで勉強するうちに知ったことですが、
フランス語にも友達と話す時のような日常会話語?があり、発音もきっちりとされない
(というか、日本語同様に、きっちりする必要がない)会話で、夫はそれで私に喋っていたわけです。

おまけに早口で、フランス人同士なら普通のスピードでしょうけれど、私に配慮がなさすぎっ💢
と思ったし、フランス語のいわゆる町言葉、今でも私にとっては、あまり気持ちのいいものではありません。

なんせ、毎日勉強のための速度の、美しい発音を聞きながら勉強していますから、違和感+不快指数120%。
(`へ´)

フランス人の日常会話は、例えば日本語で「それは分かりません」を「そんなの分かんないよ」
と言ってるようなもので、住んでいる以上は慣れなきゃならないし、DELFの試験もB1になると、
このタメ口?が混じった会話を「聞いて答えなさい」の問題が出題されます。

私が夫に簡単なフレーズを何度も聞き返すので、重い空気になることもしょっちゅうありました。

私の勉強不足以前の問題で本当に悲しい思いをしました( *´Д⊂

やり場のない悔しさを味わって、相変わらず勉強法を知らないまま、受験勉強のようにがむしゃらに
勉強しても、一向に身につく気配がない(´゚д゚`)

 

いくら勉強しても、復習しないと意味がない

それで勉強よりもまず勉強法を試行錯誤の末、

今もよりよい方法を工夫しながら、子どもではない、大切な引き出しを沢山持っている
「大人」が「自分のために」フランス語をマスターするための戦略が、見えてきました。

それでやっと、勉強の習慣が身につき、モチベーションが下がることもなく、日々の小さな
成功 “わかった!できた!”を積み重ねて、文字どおり 楽しく 勉強を続けています。

フランスのサイトを使って、フランスの日常、そこで使われる表現などを知ってからは、
夫も私の勉強の様子を讃えてくれるようになりました。

私は夫にフランス語の間違いを直してくれるように頼んでいますので、間違いを指摘されて
ムッとくることは全然ありません。

夫だって言葉の問題は待たなくてはならないのが国際結婚です。

それでも、言葉の感性はなんてデリケートなんでしょう!

 

フランスで日本語を教えることになるなんて

 

結婚して暮らし始めて4か月後、夫の友人のC氏から、日本語を教えて欲しいとオファーがありました。

最初は、私のWEBでの仕事が忙しかったのと、日本語を教えるとなると特別なスキルが必要ですから、
引き受けたらどんなにか大変だろうと思ってお断りしたんです。

私がフランス語で教えられるように話せるかどうかとは

別問題です。責任もありますしね。

でも、家にこもってPCにかかりきりでいるのも精神衛生上良くないな、と思い、思い切って
日本語を教えることにして、私はCさんからフランス語を教わっています。

 

期せずして最高の先生に出会った

 

C先生はどんなフランス人かというと、

学術的な本の翻訳や編集をフランス語と英語でされていて「美しい言葉の世界に生きる人」。

日本の文化にも通じていて、三島由紀夫や川端康成の作品をよく読んでいて、二人の書簡を
素晴らしいと讃えています。

ニューヨークに長く暮らしていて、英語もフランス語同様に使う方です。

外国での生活が長いこともあって、人生経験が豊富で、多くの困難を乗り越えていらしたのでしょう、
移民である私の辛さもわかってくれるようです。

C先生と初めてお会いしたのは、夫が所属している射撃クラブ。

ピストルを構えるお姿は、さながらバレエ「オネーギン」のよう!(*’ヮ’*)♪

素敵なお姿を、夫を撮るふりをしてこっそりカメラに収めちゃおうかな?とカメラを取り出したら、夫から

「ここは撮影禁止だぜ」

( ゚д゚ )!

そりゃそうだわね(。・_・。) 拳銃だもんね。

 

奥様とは運命の出会いだとおっしゃっていて、ヨーロッパのカップルって素敵だな、
の見本のようなお二人です。

家庭的なC先生は
「フランスの料理人はみんな男だよ。日本料理だって、そうでしょう?」とおっしゃり、
毎日の食事の支度をする主夫でもあるんです: *:・(● ゚∀ ゚●)  

C先生は私にフランス語を教えるに当たって

「多くのフランス人が話しているフランス語は、よろしくない言葉が非常に多いが、僕は胡桃に、
正しく美しいフランス語の表現を教えるからね」と厳かにのたまった。

実際にレッスンが始まると、「この言い回しは90%以上のフランス人が使っているが、
プルーストもバルザックも使っているが、本来のフランス語からすると、違うんだ」と、
教わることが度々あります。(私が教わったことは、逐一記事にしていきたいと思います)

教わったからと言って、すぐに覚えられませんけれど、最近は少しずつ、C先生的なフランス語の
雰囲気が近づいてきたな、と感じることがあります。

C先生が話すフランス語は、全く訛りがなく、発音が美しいのは言うまでもありませんが、
私がお会いする度に感動するのが「話し方と声」です。

日本人の私のレベルに、伝えようとする発音の丁寧さ、声の出し方の素晴らしさ。

これで私が上達しなかったらバチが当たります。

言葉とは、なんてなんて「伝えようとする心が大事なんだろう」と、レッスンの度に思い直します。

フランス人に日本語を教えてみて

2月半ばの寒い日に、C先生のお宅で第一回目のレッスンがありました。

初めの半年は、私のフランス語がダメなこともあって、ものすごく緊張しました。

家に帰ると、毎回身体中ガチガチに凝っていました。

C先生だって

「胡桃、タバコ吸っていい?」

  (。・Θ・)(・Θ・。)

と遠慮がちに聞いてきたのは

レッスン開始から2ヶ月半後でした (・ω・o)

ずっと遠慮していたんですね(人‘ー‘☆).:゚

今では30分と間を置かずにフランス窓の傍に優雅に立ってスモークです(笑)

勉強熱心なC先生から、日本語の質問が連日メールで来るので回答に半日かかったり、
私のフランス語の勉強の時間がなくなっちゃった。。。本末転倒だわな(o・ω・o)

でしたが今では何でも話せる良い友人となり、この人がいなかったら私はこの街で一体どうしていただろう・・と思うほどのご縁です。

そしてC先生はひらがな、カタカナに加えて、小学1年生の漢字80個もマスターして、
さらに前進を続けています。

 

 

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文法のシステムが違うフランス人が、日本語を理解していく様子、C先生の学ぶ姿には心を打たれます。
コツコツ、しつこくしつこく繰り返していくものなのだなあ、と。

納得するまで引かないフランス人気質?には、泣きそうになった日もありましたが、
実際、C先生のお宅から帰宅して涙が溢れた日もありました😢

教えるとは相手の成長痛も引き受けることでもあり「待つ」ことでもあり・・・。
C先生も、その頃が最も苦しかったのだろう、と今はわかります。

私も早くフランス語をマスターしたい、と学習意欲が湧いてくる、文字通り切磋琢磨する間柄です。

私のフランス語の拙さでどうなることかと思った日本語レッスンも、C先生のおかげで
「授業に必要なフランス語」を覚え、今は教えるのもかなり楽になりました。

が、私はフランス語をこんなに勉強したいのに、日本語を思い出しながら生活するっていうのは
結構キツイです。
日本語のコンピューターが戻ってきちゃうと、フランス語脳になれないんですね。

多分、この辛さを乗り越えると、フランス語の進歩があり、日本語にも磨きがかかり、
個人の「言葉」の運用能力が高まるのかな?と想像します。

何年先になることやらですけど、一大事業ですし、「フランス語の日本語教師」としても、
いつか形にできたらいいなと思っています。

私は幸運にもフランスで素晴らしいフランス語の先生&友人と出会いましたが、日本人の私を
引き寄せたのは、他でもないC先生ではないか?(笑)

 

後悔しない人生の選択ってなんだろう?

 

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何かを学ぶことは自分に力をつけて人生の選択肢も増えていくということだと思っています。

もし私がフランス語を学ばなかったら「人生の選択」なんていう言葉も考えも知らずにいたでしょう。

「自分の人生」に気づくこともなかったでしょう。

日本で築いてきたものを捨て去る勇気なんて湧かなかったに違いありません。

その後期せずしてフランスに住むことになったわけですが、それが正しかったのかどうかも今は分かりません。

住環境は大事ですから、インフラが発達している日本からフランスの田舎に来て、
歯医者の予約一つにも限界〜というくらい待たされ、日本を離れたことを、
それはもう、後悔しましたよ(笑)

それでも、バレエというきっかけからこんな遠くまで来てしまって
日本にいればする必要のなかった苦労やフランス語の勉強に追われていても
歩みを止めずに突き進もうと思っています。

これまでの経験から、努力は報われることを知ったので
この先もリボンのかかったご褒美がどこかで待っているような気がするんです。

フランス語を話せるようになったらかっこいいな、という気持ちを行動に移したその瞬間から、
人生は昨日までとは違う歩みを始めたと思います。

留学とか菓子職人になるとか、勉強する目的が目の前になくたって、勉強しているうちに目的が
後からついてくる。そんなことだと思うのです。

語学は多くの人が「話せたらなあ」と夢を見て勉強に励みます。

でも、夢の半ばまで到達できる人は決して多くありません。

言葉を知ることはその国の文化、社会の背景を知ることでもあり、日本人として二つの国の
アイデンティティを持っていることは、しなやかな国際人として素晴らしいことだと思います。
「少し基礎がある」ことが、思いもよらぬ人生へ運んでくれるかもしれないのです。

それには「戦略=学習法」を知ることだと、遅まきながら気がつきました。

  人生の正体は 時間 です。

  人生で最も大事なものは 時間。 それは、命です。

毎日を有意義に、一生懸命生きないと、人生は通り過ぎて行ってしまいます。

何かを始めるのに遅すぎることはないけれど、締め切りは必ずあります。

  だから、何事を成し遂げるにも、戦略が必要です。

  大人だから、焦らず急いで、小さな成功を積み上げましょう。

  いつも旅の途中にいるような気持ちでね。

私は日本の学校や社会では、25歳くらいまで、本当に馴染めなかった。

普通にしてると、周りとうまく行かないんです。。

いじめにもあいました。

小学校では担任の女教師から、中学ではクラスから
姑からも嫌がらせを受けました。

周囲とうまくやる努力は、若かったなりにやれるだけのことはやったと思います。

でも、土地(・_・?)や環境の問題も大きかったと思います。

その土地を離れて新生活を始めて、姑以外の人と人間関係で悩むことはなくなり、むしろ

大人の女性として出会った人と親密に
また、多くの人と実りある関係を育ててきたと自負しています。

初めてウイーンの空港に降り立った時「帰ってきた」と確かに感じました。

生きる場所は日本だけじゃない。

日本で否定されてきたことが、ヨーロッパでは全部OKのような感じでした。

そして渡航を繰り返すうちに、日本ともよりうまくやれるようになったように感じます。

 

 

一人旅をこなした自信。

勉強を積み重ねた自信。

ヨーロッパ人の自己中を程よく取り入れてパワーアップ(笑)

 

私がバレエ教室に入らなかったら、U子と再会しなかったら、一人旅をしなかったら
今の私は、いません。

 

人生は時間勝負です。

 

 

あなたもフランス語を持って、旅に出てみませんか?

お読みいただき、ありがとうございました。

胡桃